私の考え

 

 一人でいること

2002年2月20日
 

     先週はバカンスで先生がお休みだったので,2週間ぶりの診察だった。
     旅行のあと,少し体調が変で,1週間ほど前から眠れなくなっている。
     3時頃起きてしまっては,朝起きる時間が遅くなり,昼間からだがだるい。
     7月に発表しようと思っている学会の締め切りのためかも知れないし,旅行の疲れかも知れない。

     場所が変わると眠りにくくなる。眠れない事で,思い出すことが無いか聞かれた。
     覚えているかぎり,私は人がいるところで眠るのは嫌いだった。
     安心して眠れないのだ。人に,寝顔を見られるのが,弱みを見られるようで嫌いだった。

     6歳から一人の部屋だったので,人が居ることに慣れていない。
     妹は,フランスから帰る12歳まで一人の部屋というのを経験したことが無い。
     今は,私の部屋は両親の家にはなく,妹が二部屋使っている。
     妹が二部屋使っているのは,私が家を出る前からだが,二人でいると勉強の邪魔をする(どっちがどっちの??)からという父の理屈からだ。
     この理屈には父本人以外誰も同意していない。
     二人一緒に生活するために作られた,二部屋続きの部屋が,二人の部屋として使われたのは3年間だけである。

     私が一人でいることから話がそれたが,私は部屋を与えられてから,一人でいることが多かった。
     部屋とは関係ないが,「勉強があるから」と言う理由で,家族がでかけるときには留守番だった。
     一人の家に居るのは,嫌だったけれど,一緒に行きたいと言っても,連れていってはもらえなかった。
     家にいるときだけでなく,年に1-2回行く祖父母の家でもそうで,従兄弟がいても,私だけ留守番だった。
     久しぶりに会う祖父母や従兄弟と出かけたくても,聞き入れられなかった。
     勉強が最優先で,他のことは全て後回し,そして他のことはないかのように扱われたのが不満だった。
     私の生活には,勉強以外のことはほとんど存在しなかった。

     先生は,私の言うことが変わっていると,いつもどう思うか,と聞く。
     いつも一人で置いていかれたことについては,なせだろう?とずっと思っていた。
     姉妹のうちで扱いが異なるのは,妹は年少だからと言う理由だった。
     自分から,母に聞いたことはなく,叔母が,姉妹で扱いが異なるのはおかしくないか,と聞くまで母は気付いていなかった。
     私は初めから呼び捨て,妹はちゃん付けだった。
     大人になってから,やっと,何故扱いが違ったのか聞くことが出来るようになった。
     自分が姉だからと区別されていたときには子供にはしないつもりだったけれど,自分もそうなってしまったと母は答えた。
     3歳の年の差があって,3年前の私と同じ年に妹がなっても,いつも妹は最年少の扱いだった。

     先生には,一人で家にいた事は,退屈だったと答えたのだけれど,何か違う気がして,考えてみた。
     両親といることは,私にはストレスだったのを覚えている。
     それでも出かけたかったのは,外にでたかっただけだと,思い至った。
     両親がいないこと自体は,安心できることだった。びくびくして帰りを待っていたのだから。
     外にでてはいけなかったことが窮屈だったのだ。
     家にいても,くつろぐことが出来ない。外にでてはじめて,家に帰ったときに安心できる。
     独り暮らしの家は,さらにあまり帰りたいところではなくなっている。
     どうしてかわからない。一人には慣れていたし,一人の時間も必要だったのに,何かが変わってしまった。
     一人の時間を有効に使えなくなって,焦る。そのために一人でいられなくなったのだろうか。


 
 

 争い事

2002年2月22日
 

     争い事は苦手だ。
     鬱になってから,他人の喧嘩さえも,どきどきして苦しくなるようになった。
いや,その前から父の足音や声が聞こえるだけで,苦しくなってた。
きりきりと胃が痛んだり。ドラマなどでも,作り事とわかっていても,ダメなものはダメ。
運転中にそんなのが聞こえたりすると,危険きわまりない。

     今朝は,アパートで喧嘩している声が聞こえ,気分が重かった。
     そして,ネット上で,関わらなければいいのに,
いままでたくさんトラブルを起こして,立ち入り禁止になっている人物に対して発言してしまった。
発言しているうちに,血の気が引いて,うでが真っ青になった。
自分の体に影響することがわかっているけれど,これ以上被害者を増やしたくない。

     人を憎むことはエネルギーがいる。人を嫌うことは好きではないから。
日本での小学校,中学校時代,友達は一人しかいなかった。
いじめに遭い,ほんの少しのことで受け入れられず,家では邪魔者扱いされ,家でも学校でも居場所がなかった。

     フランスに引っ越し,初めて学校に行った日,ほとんど言葉のわからない私に,みんなは優しかった。
はじめて学校で普通に接してもらえた。
日本では,外国人がクラスに来たときに,すぐに中には入れてもらえないだろう。
そのような扱いを覚悟していたので,最初に感じたことは,世界では国籍なんて大事ではないんだという感触だった。
どうどうと,クラスに居られるようになって,周りを見る余裕ができた。クラスにいじめがない環境は,とても平和だった。

     そのころ,私は大人に対して,特に男性に対する不信感がとても強かった。
その不信感も,なくなるきっかけがつかめた。
クラスの男の子と,女の子と話のと変わらない話ができたし,彼らはだれにでも優しかった。
クラスの男の子を見ていて,性別の違いを感じなかった。
不信感を完全に無くすまでには5年位かかったけれど,フランスにいたことの効果は大きかった。

     フランスにいた3年間,周りの人を見ていて,どんな人も,悪いところばかりの人はいないということに確信を持った。
良いところばかりで欠点がないひとは居たけれども。
人に迷惑をかける人というのは居なかった。3年間で,人がとても好きになった。
日本に戻って,合わない人はいたけれども,気にならなかった。
自分に,故意に不快な行動をとるのでなければ,気にならなかったから,嫌いな人というのはいなかった。
相変わらず,訳のわからないことばかり言う両親は意識の中から外し,家の外での私は幸せだった。

     けれども,大学に入ってから,故意に不快な行動をとる人が周囲に多くなった。
授業の邪魔をする学生,女性蔑視,研究室での不快な出来事,付き合っていた男性からの,不当な扱い。
合わないというだけでは済まなくなった。少し意見を言うと,日本人じゃないから,と言われた。
この国には,あらゆる差別が生きている,と感じた。
女性だから,学生だから,子供だから,と不当な扱いを受けることが蓄積して,人も自分も信じられなくなった。

     自分を嫌うのも,人を嫌うのも,ものすごいエネルギーを要する。
嫌うことに使っているエネルギーを,他に回したら,さぞいろんな事が出来るだろう。
フランスに戻って半年ほど過ごした。やっとすこし,人を好きな私が戻ってきた。
この数年,人を好きとは言えなかったのが,言えるようになった。
あと半年あったら,努力して得た,もとの幸せな私に戻れるだろう。


 
 
 
 
[PR]就職、仕事にも県民性が出る?:無料カンタン占いで日払いもアップ